海外でキャリアを築くための視点とスキル、そしてチャンスの掴み方―Seiyaさんが語るグローバルアーティストへの道と成長の歩み
ニューヨークで活躍するメイクアップアーティストseiyaさんへインタビューしました! ニューヨークを拠点に、映画やファッションの現場で活躍するメイクアップアーティスト・Seiyaさんにインタビューしました。海外でキャリアを築くまでの道のり、言葉や文化の壁をどう乗り越えてきたのか、そして未来のアーティストへのメッセージなど、美容学生にとって大きなヒントとなるお話をたっぷりお伺いしてきました。 Seiyaさんの基本情報 Seiyaさんは2012年に渡米し、現在はニューヨークを拠点に活躍するメイクアップアーティストです。 『VOGUE(USA)』『ELLE Magazine (USA)』『Harper’s BAZAAR』などのファッションエディトリアルを手がけ、セレブリティのヘアメイクやNYFW(ニューヨークファッションウィーク)・MET GALAなどその活動は多岐にわたります。 得意のスタイルは「ノーメイクアップメイクアップ」「ナチュラルデューイメイクアップ」「エディトリアルメイクアップ」「セレブリティメイクアップ」。ナチュラルさと洗練を両立させた独特の表現で、世界中から高い評価を受けています。 NINJAとの繋がり 今回Seiyaさんにインタビューをお願いしたのは、NINJAスタッフの知人を通じてご縁をいただいたことがきっかけでした。 日本からNYへ渡り、言葉や文化の違いを乗り越えて現地でプロとして大活躍を続けるSeiyaさんから日本で働くヘアメイクさんたち、海外進出を目標としている美容学生さんたちへキャリアのモチベーションにつながるお話を聞きたいという思いから、今回のインタビュー企画が実現しました。 世界で活躍するメイクアップアーティスト、Seiyaさんにインタビュー! ここからは、Seiyaさんへのインタビューをお届けします。 日本の美容学生の皆さんへのメッセージもいただいていますので、ぜひ最後までご覧ください。 では最初に、Seiyaさんの自己紹介をお願いします。 はじめまして、Seiyaです。現在はニューヨークを拠点に活動しています。もちろんニューヨーク以外でも仕事をすることはありますが、基本的にはニューヨークがベースです。 仕事の内容としては、ファッションマガジンの撮影をはじめ、レッドカーペットのメイクを担当することもあります。また、「ハウスコール」と呼ばれる、クライアントの自宅やホテルに行ってパーティー前にメイクをするような仕事も多いですね。所要時間はだいたい1時間半くらいです。ウェディングの仕事も依頼があれば対応しています。 最近では、写真撮影に加えて、ビデオの仕事もふえてきており、スチールとビューティープロダクトやファッション、ミュージックビデオなどの仕事にも携わってます。ただ、長編映画のような大規模な作品ではなく、短めのショートムービーが中心です。 さらに、『VOGUE』『Harper’s BAZAAR』『OFFICIAL』『Highsnobiety(ハイスノバイエティー)』『Office Magazine(オフィスマガジン)』といったカルチャー寄りのファッション誌でも多くの仕事をさせていただいています。広告系の仕事ももちろん行っていますし、とにかく「メイク」に関わることなら何でもやってきたなという感じです。 最近のお仕事の中で、特に印象に残っているものはありますか? 最近でいうと、シカゴ・カブスの今永昇太選手のヘアメイクを担当させていただいた仕事が印象に残っています。日本の某ブランドとのコラボ企画で、いわゆる「スポーツ選手×ブランド」のタイアップ案件でした。野球選手にメイクをする機会はなかなかないので、とてもユニークで面白い経験になりました。 あとは、以前ついていたボスがセレブリティ専門だったこともあって、僕自身もセレブリティ関連の仕事をちょこちょこやっています。ただ、ファッション系のメイクアップアーティストの中には、セレブリティの仕事をあえて避ける人もいるんですよね。 というのも、ファッションの現場ではスタイリスト、ディレクター中心にチームで仕事を進めることが多いんですが、セレブリティ案件では本人がすべてをコントロールするケースも珍しくなく、ディレクションの進め方がまったく違うんです。「こうしてほしい」「これはNG」といった細かな指定が多くて、アーティスト側の自由度が少ないというか。 でも、やっぱり収入面を考えると、セレブリティやインフルエンサーの案件は安定しています。ファッションだけに偏ると収入が不安定になることもあるので、僕自身はそのバランスを意識して仕事を選ぶようにしています。 最近特に強く感じているのは、スキルだけでなく、コミュニケーション能力の重要性です。とくにセレブリティやインフルエンサーとの仕事では、相手が「心地よく」いられるかどうかがとても大事で、信頼関係を築けるかが仕事の質にも直結してくると思っています。ちゃんと会話をして、その人が安心できる空気をつくること。これは、メイクと同じくらい大切なスキルだと感じています。 それから、ニューヨークならではの多様性も、この仕事の魅力のひとつです。人種や文化が異なるさまざまな人たちと、毎週のように違う現場で一緒になるので、毎回刺激を受けています。新しい人との出会いや、新しい発見が常にあること。それがあるからこそ、自分はこの仕事をずっと楽しく続けられているのだと思います。 「本当にやりたいこと」を見つけて動き出した大学時代 メイクアップアーティストを目指したきっかけは? 僕の母親は、もともとエステティシャンをしていました。自宅で施術をしていたこともあり、小学生だった僕は、その現場をいつも家の中で見て育ちました。新しい化粧品を試すとき、僕の顔が実験台になることもよくあって。最初は嫌だったんですけど、だんだんそれが当たり前になっていって、「男が化粧品を使うのは変だ」という感覚は、正直まったくありませんでした。 中学生の頃、友達と遊びに行くときに日焼け止めを塗ろうとしたら、「男なのに? 何それ?」って反応が返ってきたんです。そのときに、「あ、うちの家はちょっと特殊なんだな」と気づきました。僕にとっては普通だったけど、世間とは感覚が違っていたんですよね。 高校時代、通学電車でよく見かける他校の子がいて、ある日その子の雰囲気がガラッと変わっていたんです。「あ、たぶん今日メイクしてるな」って気づいた瞬間、人ってメイクでこんなにも変わるんだと衝撃を受けました。その後、当時の彼女にアナスイのコフレセットをプレゼントして、それを使ってデートに来てくれたんですけど、すごく綺麗で。あのときに「メイクの力」を強く感じたのを、今でもよく覚えています。 とはいえ、その時点ではまだ「メイクアップアーティストになろう」とまでは考えていませんでした。なんとなく大学に進学して、でも1年目の終わりごろ、「これ、本当に自分のやりたいことなのかな?」という疑問が湧いてきたんです。ちょうどその頃から東京に出るようになって、ファッションや美容の業界で活躍している人たちと出会うようになりました。その人たちが本当に楽しそうで、「自分もこういう世界で生きてみたい」と思うようになったんです。 当時はIKKOさんなどがテレビに出始めていて、「メイクアップアーティスト=かっこいい職業」というイメージも広がりつつありました。ファッションも美容も好きだった僕にとって、「メイクなら両方の世界に関われるかもしれない」と思い、そこから一気にリサーチを始めました。 母はすぐに応援してくれましたが、父は普通のサラリーマンだったこともあり、「男がメイク?」とまったく理解してくれず、家族会議になりかけました。そこで僕は、業界について徹底的に調べて、プレゼンすることにしたんです。「どんな職種があるのか」「男性でも働けるのか」「収入はどれくらいなのか」など、すべてまとめて説明したんです。そして最終的に、大学2年を終えたタイミングで中退を決意し、翌年ヘアメイクの専門スクールに進学しました。 その頃ちょうど『nuts』や『BLENDA』などのギャル雑誌が流行っていて、そういった雑誌に載っているメイクアップアーティストたちがすごくかっこよく見えました。スクールで学んだあと、「もっと化粧品の知識を深めたい」と思い、美容部員を目指したのが、美容の世界への本格的なスタートでした。 ニューヨークで挑戦しようと思った理由や、その決断に至ったエピソードがあれば教えてください。 東京では、韓国の化粧品ブランドに約1年半勤めたあと、オーガニック系のコスメを扱っている会社に転職しました。そこは世界中のコスメブランドが集まっているような環境で、ドイツやアメリカなど、ヨーロッパのメーカーの方々が実際に来日して、現場でトレーニングしてくれることもあったんです。そして、海外の人たちと接する機会が増えていくなかで、「もっと海外のことを知りたいな」と強く思うようになっていきました。 もともと僕は、ニューヨークを舞台にした映画ばかり観ていて、会社の人たちにも「いつか海外に行きたいです」ってずっと話していたんです。あるとき、ニューヨークに旅行で訪れたのですが、そのときの衝撃が本当にすごくて。街のエネルギーや、人種も文化も違う人たちが混ざり合っている感じがとても刺激的で、「この街でメイクアップアーティストとして挑戦してみたい」と強く思いました。 その後、ファッション系のパーティーに積極的に顔を出すようになっていきました。そんな中、青山で開催された海外セレブも集まるようなパーティーに偶然参加する機会があったんです。すると、そこになんと、Diorのメイクアップディレクターであるピーター・フィリップス本人が来ていて。思い切って、「どうやったらアシスタントになれるんですか?」と話しかけたら、彼が「今ニューヨークにいるから、来たら訪ねておいで」と言ってくれたんです。もうその一言で、「これはタイミングだ。絶対に行くしかない」と思って。そこから本気で動き始め、ニューヨークに行く決意を固めました。 渡米後に驚いたことや苦労したことはありましたか? まず最初に思ったのは、「ニューヨークの街って、意外と汚いな」ということでした。日本って、どれだけ綺麗で安全だったんだろうって、海外に出て初めて気づかされたんです。 それに、日本にいるときは「自分は日本人だ」なんてあまり意識することはありませんでしたが、海外に出ると、常に「日本人」というフィルターを通して見られる感覚があります。「日本人って礼儀正しいよね」なんて言われることも多くて、「あ、そうなんだ」と改めて気づかされることがたくさんありました。 カルチャーショックという点でいうと、日本では「こうすべき」と思い込んでいたことが、アメリカでは「別にそうしなくてもいいんだ」と感じる場面が多かったです。最初は戸惑いましたが、そういう「縛り」が少しずつほどけていって、気持ちがラクになっていきました。 アメリカに来てからの自分は、すごく「人間っぽく」なれた気がします。いい意味でナチュラルになって、自分自身にもっとフォーカスできるようになったというか。日本ではどうしても周囲を気にしすぎていたなと、渡米して初めて実感しました。 ニューヨークで最初に経験した大きなチャンスやキャリアの転機を教えてください。 あのときは本当に夢のようでしたね。アメリカで活躍しているパット・マグラスさんのもとで、インターンをさせてもらっていたんですが、彼女はファッション業界では世界一とも言われている伝説的なメイクアップアーティスト。昔、日本で雑誌などを通して見ていた憧れの存在ですよ? そのオフィスで自分が働いているなんて、信じられませんでした。毎日がまさに『プラダを着た悪魔』そのままのような世界で、ドラマはあるし、刺激だらけだし、本当に多くの学びがありました。 ただ、仕事をしていくなかでだんだん気づいたんです。すごい芸術的な分野のほうもあってすごいアートっぽいメイクや、ペインティングみたいなのもあったり、それはそれで好きなんですけど、もっとパッションがでてくるメイクのフィールドってあるのかもしれないなと思い始めて。 僕自身は、もっとナチュラルで、その人本来の魅力を引き出すようなメイクが好きで、アーティストとしての方向性が少し違うなと感じたんです。そして、「他のジャンルも見てみたいな」と思うようになりました。 その後、インターンが終わって次にアシスタントについた方が、実は超有名なセレブリティ系のメイクアップアーティストで。最初はよく知らなかったんですが、あとからそのすごさを知って驚きました。アメリカでバリバリやっているベトナム系カナダ人の方だったんです。 その方の現場が当時の僕にはすごい刺激的で。特に印象に残っているのが、初めてのアシスタント現場のこと。指定されたスタジオに少し早めに行ったら、ヘアメイクブースの前でヨガマットを広げてストレッチしている女性がいて。「うわ、この人すごく早いな、プロダクションの人かな?」と思いながら、とりあえず挨拶したんです。そしたら、その人が振り返って……なんとセレーナ・ゴメスだったんですよ。一瞬パニックになりましたが、現場なので平静を装って「Nice to meet you」とか言いながら握手して。その瞬間、「あ、自分、本当にこの世界にいるんだな」って実感しました。 その後も、映画で見たことのあるような人と、翌週には一緒に仕事をすることになったりして。毎回が刺激的で、まだ夢見心地というか、ふわっと浮いているような感覚でした。しかもボスはアメリカ人ではなく、ベトナム系カナディアン。海外からアメリカに渡って成功している姿は、「アジア人でもここまで行けるんだ」と思わせてくれました。 それまで自分にとっては「夢の世界」だったものが、少し現実に近づいた気がしたんです。実際にその方と働いてみて、「もしかしたら、自分にもチャンスがあるかもしれない」と思えたんですよね。ずっと遠くに感じていた世界が、ちょっとだけ手が届く場所に感じられた瞬間でした。 アシスタントになったきっかけは? たまたま、メイクアップアーティストのファーストアシスタントをしていた日本人女性がいて、その方が忙しくなったタイミングで、2人目のアシスタントを探していたんです。そこで僕に声をかけてもらえたのがきっかけでした。 今でもニューヨークでは日本人アシスタントが海外のアーティストに人気なんです。理由は、日本人は指示をしっかり聞いて、真面目で文句を言わないと思われていたからです。時間を守る、空気を読む、対立を避けてうまく立ち回るなど、いわゆる日本人特有の「気遣い」が評価されていたんだと思います。あと、「自分がやります!」って自分から動ける人が多くて、アシスタントとしては扱いやすいと見られていました。 とはいえ、現場はかなり厳しかったです。特にそのアーティストは気分屋なところがあって、現場ではピリつくこともしばしば。でも僕は、そういうのをあまりパーソナルに受け取らないタイプだったので、「今は機嫌悪いんだな」くらいの感じで流すことができたんです。だから、他の人がすぐに辞めてしまうなか、僕は続けられたのかもしれません。 ある日、その方から「アシスタントになりたい人なんていくらでもいる。だけどクビにしないのは、あなたのパーソナリティが好きだから」と言われたんです。その言葉がすごく印象に残っています。スキルももちろん大切ですが、特にセレブの仕事は周囲との信頼関係や人間性がとても重要なんだと、改めて感じました。 海外でキャリアを築くための「リアルな視点」と「心得」 ニューヨークで活躍するのに必要なマインドセットは? まず、マインドセットとして一番大事だと思うのは、「いつでも準備ができている状態でいること」です。ニューヨークでは本当に何が起こるかわからないし、突然チャンスが舞い込んでくることも多いんですよね。 例えば、語学学校に通っていたとき、授業中に「今日の午後、急だけどインタビューマガジンの撮影があるんだけど来れる?」って連絡が来たんです。「行きたい! でも授業を休んだら出席日数が足りない……」とかなり悩みましたが、とりあえず「YES」と返事をしてから考えました。そんなふうに、チャンスが来たらまずは掴みにいく。そのあとどうするかは、そのとき考えればいい。それくらいのフットワークの軽さは、ここではすごく大切だと思います。 とはいえ、ずっとそんな緊張感の中で走り続けていたら、さすがに疲れてしまうので、今は自分のペースも大事にするようにしています。仕事がなかなか来なかったときも、あまり落ち込まずに「これはタイミングが合わなかっただけ」と、フラットに受け止めることがすごく大切だと感じています。 それから、人と比べすぎないことも意識しています。最初の頃は、同じ時期に渡米して自分より活躍している人を見ると、正直焦る気持ちもありました。でも、タイミングも個性も人それぞれで、自分にしか出せないものがあると信じるようになりました。セルフコンフィデンス――自分への信頼が、とても大事だと思います。 スキル面ではどんな力が求められますか? スキル面で言うと、もちろん技術力は必要ですが、ニューヨークには本当に多種多様な人種・文化・肌の色・体の特徴を持った人たちがいます。日本にいたときには出会ったことのないタイプの肌や骨格にも対応しなくてはならず、最初は少し戸惑うこともありました。 でも今では、その人の肌色や骨格に関係なく、「どうやってその人の魅力を引き出すか」という視点でメイクを見るようになりました。 それから、ニューヨークはテストシュートの機会がとても多く、スキルアップには本当に良い環境です。モデルやフォトグラファーも、ポートフォリオを作るために日々動いていて、「みんなで一緒に作品を作ろう」というマインドで取り組むことができます。 日本では、モデル代などをみんなで出し合ったりして、一回のテストで費用が結構かかると思うのですが、こちらはモデル代はほぼかからず、フォトグラファーがだいたい負担してくれるので、ヘアーとメイクさんは日本よりかはもう少しテストしやすい環境だと思います。 ロサンゼルスとニューヨークの業界にはどんな違いがありますか? ロサンゼルスはハリウッドやTV業界の影響が強くて、全体的にメイクは濃いめの傾向があります。たとえば「ナチュラルメイク」って言っていても、実際はがっつりコントゥアが入っていたり、リップもオーバーリップだったりするんですよね。本人たちは「これがナチュラル」って言うんですけどニューヨーク基準で見たら全然ナチュラルじゃない。...
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